新型コロナウイルスの世界的な感染拡大等の影響等から、製造業を取り巻く環境は、かつてないスピードと規模で変化しています。このような状況下で、DX(デジタルトランスフォーメーション)によるデジタル技術を活用した企業としての新たな価値創出の潮流など、“モノづくり”におけるIT活用の重要性は増してきています。経済産業省の「ものづくり白書2020」[1]では、以下を日本の製造業の課題として挙げています。
これらの課題に対して、例えば、設計・開発力の強化のためには、データの連携・蓄積および活用と、最新のデジタル化技術(IoT、AI、データサイエンスなど)を駆使することが重要と述べられています。[2]
今回は、開発力強化のために重要な、先端デジタル技術の一つである“データサイエンス”について、弊社での取り組み状況をご紹介いたします。
2012年3月29日、 アメリカ政府(オバマ政権)が、2億ドル以上の投資を前提に、「ビッグデータ研究開発イニシアティブ」[3]を始動しました。この計画は、急増するデジタルデータの活用を目的として、大量で複雑なデジタルデータから知識・ノウハウを抽出することにより、科学的発見、環境・生物医学研究、教育、国家安全保障を大きく変革するための戦略的な取り組みでした。
この計画開始以後、ビックデータを活用した取り組みとして、例えば材料開発の分野では、世界的に“マテリアルズ・インフォマティックス”による、データ駆動型の研究・開発が広がりを見せています。
マテリアルズ・インフォマティクスは、下図のように、膨大に蓄積されたデータから、データマイニングなどの情報科学(データサイエンス)を通じて新材料や代替材料を効率的に探索する取り組みです。これまでの材料探索は研究者の経験と鋭い直感に依存していましたが、物質特性をコンピュータ上で高精度に計算した材料データベースや人工知能などを活用するマテリアルズ・インフォマティクスによって、時間とコストを大幅に削減することを狙っています。
この技術の製造業における適用事例としては、富士通グループのセミナー[4]でも講演いただいた、横浜ゴム様の自動車用タイヤのゴム材料開発が代表的な事例[5]になるかと思います。
マテリアルズ・インフォマティクスは様々な技術を駆使していますが、蓄積したデータから複雑な情報を分類・抽出するための”データサイエンス”が中心的な要素技術となっています。
データサイエンス技術の動向を、別な視点で捉えてみます。以下のグラフは、データサイエンス技術を保有する”データサイエンティスト”と呼ばれる技術者に関する業種別求人比率を示したものです。2019年2月1日~2020年1月31日の期間で集計されたものですが、従来からビックデータ活用が進んでいた、マーケティング、金融、製薬、化学系の業種に混じって、同等の比率で機械・電機といった“モノづくり“業種での募集が上位に来ています。
技術動向の最後として、自動車の開発技術として、データサイエンスがどの技術分野で使われ始めているかを確認したいと思います。下図は、毎年開催される自動車技術会の秋季大会における論文投稿数を2016年[7]と2020年[8]で比較したグラフになります。論文プログラムのタイトルから機械学習等のデータサイエンス技術が含まれる投稿と、それ以外の投稿に分類して変化を見ています。当初は運転支援等に投稿が集中していましたが、現在では多くの技術領域に対してデータサイエンスの活用が進んできています。
前項で確認してきたように、データサイエンス技術が製品開発の各所に広がりを見せ始めていますが、本項では、この技術の概要と活用例を解説します。
データサイエンスとは、概念的には下図のように表現できます。平易な言葉で記述すると、「データから法則を見つけて、その法則を利用する」ための技術になります。
中心的な要素技術は、機械学習なりますが、特にデータから物理シミュレーションを代替えするための機械学習モデルを“代理モデル(サロゲートモデル)”と呼ぶ場合があります。
データサイエンス技術は、様々な種類のデータを扱います。扱うデータの種類により、そのデータに適した評価技術を使い分けることになりますが、概略としては下図のように、“情報の抽出“、”データのモデル化”“、“処理の効率化“に効果を発揮します。
ここでは、データサイエンス技術を具体的な対象に活用した事例をご紹介します。下図の事例は、自動車のブレーキホースのレイアウト検討に関するものです。通常、ブレーキホースのレイアウト検討は対象車種に関して、タイヤの向きや、タイヤの上下の動きを考慮して多くの検討条件が必要になります。
従来の工程では、すべての検討ケースを3D CAD / 3D CAEを使った試行錯誤により実施するため、大量で詳細な形状検討が必要でした。しかし、データサイエンス技術の一つである機械学習モデルを活用することで、新しい工程では検討ケースの絞り込みを短時間で実施可能となります。その結果、数日レベルだったブレーキホースレイアウトの検討期間を数時間レベルにまで短縮することが可能となります。
ここまでは、製品開発における技術動向およびデータサイエンス技術の概要を解説してきました。本項では、データサイエンスの要素技術である機械学習を、自動車の性能評価項目の一つである空気抵抗係数(CD)の予測に適用した弊社内での事例をご紹介します。
自動車の燃費性能の向上のためには、空力抵抗の低減が必要になります。しかし、自動車開発において空気抵抗を予測する方法は、風洞実験もしくはCFD(Computational Fluid Dynamics)が使われますが、これら方法での空力抵抗の予測には、以下のような課題があります。
これらの課題を解決し、効率的なCDの予測のために、機械学習モデルの適用に取り組んでいます。
CDの予測は、エクステリア形状を使った3次元のCFDによる評価が一般的ですが、今回は計算済みのCFD結果データを活用して機械学習モデルを構築しています。
空気抵抗係数を予測するための機械学習モデルの構築は、以下のような工程になります。
まず①のようにエクステリア形状を準備します。同時に②の評価量として、①と対応関係のあるCFD結果データを準備します。①+②のデータから、③で機械学習モデルに学習させます。十分な学習を終えると、エクステリア形状と評価条件を入力することで、CDを計算する機械学習モデルが完成します。
学習済みの機械学習モデルが完成すると、この学習済みモデルをエクステリア形状の違いによりCDの検討に活用します。従来は、下図(B)の工程になりますが、この場合は多数の検討ケースをCFDで計算することになります。一般的にCFDは高性能のコンピュータを必要とするため、最適なCDとなるエクステリア形状を捜し出すためには、多額の計算コストや検討期間の長さが課題となってしまいます。一方、機械学習モデルを使った(A)の工程では、同じケース数を検討する場合でも、計算コストが少ないため、結果的に検討期間を短くすることができます。
検討内容やCFDモデルによっても異なりますが、弊社内での取り組みでは、(B)工程が数週間レベルの検討期間を必要とするのに対して、機械学習を使った(A)工程は、数日レベルの期間で検討が可能となります。
以上、データサイエンスの活用例等を解説してきましたが、最後に、”モノづくり”でデータサイエンスを活用するために重要なこと、および弊社がご支援している内容をご紹介したいと思います。
”モノづくり”の領域でデータサイエンスを活用するためには、当然ですがデータサイエンス技術に精通している必要があります。たとえば、データを処理・加工するための”ツールの使いこなし”、データからどのようなモデル化が適切かを判断する”分析技術”、分析結果から機械学習などのモデル化するための”モデル化技術”が挙げられます。
一方で、”モノづくり”へデータサイエンスを活用するために、データサイエンス技術に精通しているだけでは不足していると考えています。それは、開発現場で蓄積しているデータは、”モノづくり”の情報を含んでいるため、様々な製品に関する物理的な条件や制約、開発や製造の意図などが隠れた情報(暗黙知)として含まれているため、これらの暗黙知を形式知化するためのエンジニアリング的な知見や技術が必要となります。弊社では、これら両方の技術と知見をもったエンジニアがデータサイエンス活用のご支援をさせていただいています。
弊社では、今回ご紹介した事例を自社に適用したい等のご相談も含めて、以下のようなデータサイエンス活用のご支援をしております。適用可否のご相談など、お気軽にお問合せください。
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