今から8年ほど前に、『お手本のない時代 ― 日本の物作りはIT化、グローバル化時代に再生できるか』という小文を書いた事があります(注1)。当時の問題意識は今でもそのまま通用しそうというより、むしろ一層困難さを増しているように感じます。そこで難しさを承知でもう一度分析を試み、新しい処方箋を考えてみようと思いました。
少し長くなりそうなので3回に分け、1回目は日本の製造業にとっての5つの向かい風とは何か、2回目はそれぞれがなぜ向かい風なのか、そして3回目はそれらを超えどのように世界に貢献できるのか、について書いてみたいと思います。
宇宙が生まれて137億年、地球の歴史46億年、人類の歴史10数万年、そして今、世界の人口69億人です。ここに世界人口の推移グラフがあります(図1)。10数万年前の人類誕生から産業革命までの間、人口の絶対数と増加率はこのグラフでみればほんの僅かなものです。しかし産業革命以後のたった200年間は垂直に近い凄まじい勢いで増加しています。そして40年後の2050年には91億人に達するとの予測です。またエネルギーの一人当たり使用量の推移を見ると図2のようになっています。この図のように、指数関数的に増える一人当たりのエネルギー消費量と、それ以上に急増する世界人口を掛けて得られるエネルギーの総消費量は、人口増加の更に指数倍ということになります。その結果、有限の地球が悲鳴を上げることになりました。それでも科学技術の進歩と自由主義経済の拡大はとどまることがありません。そんななか、日本は高度成長期以降、歴史上嘗てないといわれたほどの猛スピードで成長し、安全で豊かな国を作り上げることに成功しました。
しかし米国に次ぐ世界第二位の経済力を得た後、今度はお手本がなくなったためか急速に勢いを失くし、近年は停滞どころか衰退の懸念さえ持たれるようになりました。
失われた10年がなぜ20年になろうとしているのか、その真の原因を追究し日本再生に向けた新たなシナリオを作れないかと心から思います。とはいえそれが極めて困難なことは過去の経緯が物語っています。
夢や希望を持ちにくいといわれる昨今ですが、私たちにとって共通の目標として掲げられるのは、『破綻寸前の有限の地球を守り、持続可能な新たな地球システムの創造に向け、さまざまな分野で日本が自他ともに認めるリーダーとしての役割を果たす。そしてそこで得た総合的な課題解決の方策を率先して実践し、世界のお手本となる』といったことではないかと思います。以下にこの目標をテーマにして考えてみたいと思います。
この目標を実現するためには、日本の得意な自然科学や先端技術で直接的に牽引するのはもちろんですが、それ以上に社会科学や人文科学などのあらゆる知識や知恵を総動員し、再生のシナリオを創り出し実行しなければなりません。
省エネ技術もいくら世界一と言っても、それを自国の社会システムとして活用できなければ世界の信頼は得られません。せっかく効率化されてもその分を無駄に使っていては有限性に応えたことになりません。日本というシステム全体が、持続可能な社会のお手本になれば、そしてそのシステムや技術を提供することで世界に貢献できれば、必ず豊かで(注:ここでは従来の単なる物質的な意味ではなく、全く新しい概念での豊かさを意味します)、そして尊敬される国になると思います。それだけでなく新しい産業やビジネスが生まれる絶好のチャンスになると思います。しかしそれには並大抵ではない努力やブレークスルーが必要です。従来のように、どこかにお手本はないかと探しに行く姿勢はもうやめにして、自らがお手本になることを目指すことが何よりも大切と思います。その大切さを日本の若い人や次世代の人にしっかり伝えられれば、社会に希望と活力が生まれ、そして目標に向かってチャレンジする日本に生まれ変わると信じます。
(注1) 学際(構造計画研究所)2002年5月号掲載
少し前の新聞に、「日本の競争力、27位に急落、中韓台下回る、スイスの有力ビジネススクールIMD(経営開発国際研究所)のまとめ」とありました。「経済状況」、「政府の効率性」、「ビジネスの効率性」、「社会基盤」の4分野で58カ国を対象に、統計や独自調査の結果を分析し順位を決めているとのことです。1980年代、マレーシアはルックイースト政策で日本をお手本にしてきましたが、ここでは10位とはるか日本の上になっています。また毎年発表される日本の一人当たりGDPは統計機関により若干の違いはありますが、ここ数年、先進国中最下位に近い17位~20位を低迷しています。政治の混迷、少子高齢化に伴う労働力の減少、1000兆円といった膨大な国の借金や世界一高い法人税など、マイナス情報を挙げるに事欠かきません。
エズラ・ヴォーゲルという社会学者が1979年に著した本のタイトル「ジャパンアズNo.1」は、80年代、栄華を極めた日本経済を象徴する言葉としてしばしば用いられてきました。しかし今では当時の見る影すらありません。たった20年間で先進国中トップクラスから最下位近くまで急落し、社会全体が活力をなくしてしまったのです。昨今の日本の在りように世界は幻滅しつつあり、このままでは世界から忘れられた存在になってしまうでしょう。
さて、ここでもう一度、1990年ごろを境に一体何が変わったのか、振り返って考えてみたいと思います。私たちを取り巻く最大の変化、それはやはり押しとどめられない“グローバル化”の流れであったと思います。そしてそれに並行して、あたかも通奏低音が奏でられるような“オープン化”の底流がありました。舞台あるいは「場」としての“グローバル化”と「思想」としての“オープン化”はセットとなって、“IT化”、“モジュール化”、“システム化”の三つの大きな流れを加速し、それらの価値を高める大変重要な役割を演じました。
つまり1990年前後の大きな変化として、
の5つを挙げることができます。そしてその関係は図3のように表せます。
この5つの変化は、それぞれ風の強さや役割に違いはあれ、結局は向かい風であったのです。なかでも最大の風であったグローバル化は、当時、貿易立国日本にとってむしろチャンスと位置付けた人も多かったのです。しかし今日あるのはグローバル化に取り残された日本の姿です。なぜこの5つが私たちにとって向かい風であったのかを分析し、それらを乗り越えるだけでなく、持続可能な地球システムの創造に向け、是非リーダーとしての役割を担いたいものです。
もし「5つの向かい風」の仮説が正しければ、それまでの日本の成長を支えてきた力は、それらの対立概念であったと見做せます。
グローバル | ⇔ | ローカル |
IT | ⇔ | 高度な技能 |
モジュール | ⇔ | 摺り合わせ |
システム | ⇔ | 個の最適解 |
オープン | ⇔ | クローズ |
つまり1990年以前は、
ことが日本の成長の原動力であったと考えられます(図4)。
このように1990年ごろを境に、あるものは徐々にあるものは急速に追い風から向かい風に変わってしまいました。一方で日本にとっての逆風は、旧社会主義国や発展途上国に自由市場経済の拡大をもたらし、それらの国の成長を促す役割を果たしました。そして同時に地球の有限性(限界)を早める大きな要因にもなったのです。
次号では、5つの変化についてなぜ起こったのか、日本にとってなぜ向かい風であったのかについて少し詳しく考察してみたいと思います。
(相談役 間瀬 俊明)
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