よいコミュニケーションを図る上でお互いにどんな言葉(呼称)を使うかはとても重要なことと思います。仕事柄お客様をご訪問する機会は多いのですが、最近お客様にどうお呼びかけしたらよいか時々悩む事があります。
嘗ては「XX部長」、「YY課長」といった簡単な言い方で済みましたが最近は組織や仕事の複雑化の影響や欧米式の職位名を取り入れる企業が増えたことから、“COO’“執行役員’“チーフインフォメーションオフィサー(CIO)’など、かなり長かったり英文名であったりして覚えにくいだけでなく何かぎこちなさを感じてしまいます。また単に名前の後に‘さん’をつけることもありますが、それは親しい関係の場合で、普通にはちょっと失礼な気がしてしまいます。さりとて日本語には英語の‘you’にあたる便利な二人称の代名詞が見当たりません。あえて言えば‘あなた’になるかと思いますが何かきつい感じがしてしてしまいます。漢字にすれば「貴方」、「貴女」となり本来は敬語的意味が含まれているはずですが・・・皆さんはどう思われるでしょうか。
日本語にはなぜ英語の‘I’や‘you’のような、誰にでもどんな場合でも使える一人称や二人称がないのでしょうか。街なかで見知らぬ人に呼び掛けたいとき適切な二人称がないので仕方なく‘あのー’とか、‘すみませんが・・’とかで代用することになります。
一方で、「貴殿」「君」「お前」と言ったさまざまな二人称(これらも本来は敬意が含まれるはずですが、そのようには聞こえません)や、「わたし」「僕」「俺」などといった数多くの一人称があります。会話のなかでどの呼称を使うかで、かなり厳密に相互の関係性(上下関係や親密度など)が規定されてしまいます。これはかつての日本はムラ社会と言われるように、閉じた世界で成り立っており、友人・知人や家族といった関係性も予めはっきりしていることを前提に使われたせいでしょうか。情報化や科学技術の進展で、コミュニケーション範囲が急速に拡がっていますが、そのスピードに言葉が追いつかず、まだ適切な言い方が生まれていないということかもしれません。同様に、世代間のギャップを埋める適切な言葉も足りない気がします。
上下や関係性の粗密を意識しないで済み、それでいて失礼にならない適切な呼称(一、二人称)が意図的であれ自然発生的であれこれからの日本語に備わってくれればコミュニケーションの改善にずいぶん役立つのではないかと思います。
(企業ごとにさん付け運動をする場合がありますが、ローカルな活動にとどまり定着しにくい面があります。クールビズを政府主導で始めたら結構定着しました。さん付け運動も国やマスコミから始めると意外と定着するかも知れません。)
私たちは仕事や観光のため、様々な国を訪れる機会が増えました。以前に比べ税関の検査や入国審査はどこへ行っても厳しくなっています。入国時、他の国の人が細かく質問されたり審査に時間がかかっている光景をしばしば見かけます。自分の番になり何を聞かれるか心配してパスポートを出すと予想に反し比較的簡単な質問でOKになることを経験します。それだけ日本や日本人への信用度が高いということと思います。ある小文を読んでいたらパスポートには本人を訪問先の国内で守って欲しいとの依頼が書いてあるとありました。恥ずかしいことに何十年もパスポートを使っていながらきちんと見たことがありませんでしたが、改めて開いて見たら下記のように書いてありました。
『日本国民である本旅券の所持人を通路故障なく旅行させ、同人に必要な保護扶助を与えられるよう、関係の諸官に要請する。日本国外務大臣』
水戸黄門のご印籠ではありませんが、パスポートに信用力があることはとてもすばらしいことであり、私たちの貴重な財産と思います。前段で書いたような個人間のコミュニケーションはもちろんですが、異なる言語・文化・習慣を持った国や民族間の対話や相互理解が益々重要になっています。訪れた国々で、十分なコミュニケーションを通し、個人と個人、企業と企業、国と国との信頼関係を更に高め、いい意味での日本の存在感や付加価値を増したいものです。そうすれば結果として更に日本のパスポートの信用度を高める事になると思います。
経済のグローバル競争の原理は生物学で言えばダーウインの自然淘汰説が当てはまるのでしょうか。適者生存(survival of the fittest)や生存競争(struggle for existence)といったことがベースとなる自然淘汰説は現在最も受け入れられている進化論です(適者生存や生存競争という言葉自身はダーウインの言った言葉ではないそうですが)。しかしグローバル化もこの進化論とすべて同じ世界であるならばあまり歓迎すべきこととは思えません。
今西錦司さんが考えたいわゆる今西進化論は西洋ではあまり受け入れられていませんが(ある意味自然科学には納まらないのかもしれませんが)、自然や生物に対する温かい眼差しが感じられとても好きな考え方です。今西さんが加茂川でかげろうの観察をしていて、4種類のかげろうの幼虫が、川の流れの速さに応じて棲み分けていることを発見した結果生まれた進化論です。ひとつの川を一つの種が独占するのではなく、複数の種が少しずつ生活の場を変え、多様性を増した形で共存しているというものです。その結果一つの種だけが競争の結果として勝ち残るより、より多くの種がそれぞれに生活圏を広げ、種全体としては成功した姿であるというのです。
グローバル化で一番強い(適応した)者だけが生き残るのではなく、同じ川原にさまざまな生物が共存するように異なる国や民族の間で補完的な共存関係が作られることを期待したいものです。強い生物、弱い生物、大きい生き物、小さい生き物がそれぞれ同じ場所で棲み分け共存している生物の世界は他にも多く見られます。
グローバル化の未来が生存競争や弱肉強食の結果としての適者生存だけではなく、それぞれが「棲み分け」、そして新たな環境に遭遇したとき、「変わるべくして変わる」といった自然体で奥の深い今西進化論の世界があることを願うものです。
(代表取締役社長 間瀬 俊明)
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