マスコミを賑わせる政治のニュースや異常気象の報道に止まらず、年を追うごとに国際社会は不安感の重なりが深刻になっているような気がします。数年前からVUCA(Volatility:不安定さ、Uncertainty:不確実さ、Complexity:複雑さ、Ambiguity:曖昧さ)の社会とも言われていて、経済的な変動、業界再編のみならず、お客様や社員の意識・価値観の変化、技術の変化などが影響し合い相乗的な効果を生みつつ、振れ幅を拡大しています。こんな中で安定したビジネス、安定したものづくりを実現していくことは、自ずとハードルの高いものになってきているようにも思えます。
さて今回も、ものづくりを支える人づくりの話題にさせていただきます。
グローバル化やダイバーシティの浸透は、多様な価値観を受容することと同義であり、不言実行や奥ゆかしさを良しとしてきた日本的な組織文化では、意思統一やコミュニケーションの難しさが助長されます。フランスのエリン・マイヤーという教授が、「異文化理解力(THE CULTURE MAP)」[1]という本を書いていますが、それによると日本人は、「言語によるコミュニケーションが少ない、感情を表さない、論争を避ける」などで国際社会の中では非常に特徴的な人種の様です。
会議を例にとると、日本人は会議の場が「合意・同意を得ることが目的の時間」なのに対し、欧米人は「議題に関するズレや課題を明確にして解決することが目的」であったりします。日本人は欧米人の会議の進め方に「乱暴な論議だ」と感じますし、欧米人は日本人に「活発なコミュニケーションがない、無駄な時間だ」と不満を抱きます。互いに居心地の悪い時間です。
日本人という特徴的な人種が国際化するということは、どういったことなのか(どんな課題を乗り越え、影響を受け入れる必要があるのか)を考えることで、現在起きているグローバル化の課題について、理解が深まるように思います。
話題を変えると、日本の場合は働き方改革の話があります。これからは特定の優秀なエンジニアが、保有スキルを武器に長時間頑張ることは忌避されますので、技術の属人化は減っていくはずです。しかし、技術の壁に臨み、じっくりと課題に取り組みたいと考える若きエンジニアの気持ちを考えると、正確に就労時間を制限された中で、技術者としてのモチベーションが維持できるかどうかは、大きな疑問です。「結果はいいから、早く帰れ」と言われる職場で、どのように作業品質への執着心を育てるのでしょうか。
また、近年の若者の立場から考えれば、スマートに生きることや感覚的なゆるさを備えていることは、現代を生き抜くための防護服や処世術であるとも言えます。そんな若者に、あるべきイメージやルールを押し付けようとしても、効果が出ないことは明らかです。
組織の姿としては、活き活きと社員が業務に励み、製品技術に関する話題に花を咲かせ、スキルアップに余念がない、という状況が理想に思えます。若い世代の在り方を認めながら、「決められた時間の中で、いい仕事を仕上げていく楽しさ」を伝えていくには、どのような方法があるのでしょうか。
解決策の一つと思えるものに、個々人の内発的動機(モチベーション)の向上の話があります。著名な話から言うと、ダニエル・ピンク氏の「モチベーション3.0」などがあります[2]。現在のような混迷した時代は、問題が単純な構造ではなく、インセンティブなどの報酬を利用した動機付けは効果がない、と言われており、「個人や組織、社会にとって重要だと思えること」、「自分が成長を感じられること」などに向かわせることにより、個々人から潜在能力と高い成果を引き出すことができる、といったことが言われています。例えば、「これが出来たら、ボーナスが増額する」というよりも、「これが出来たら、困っている人が助かる」という話の方が、若い社員は気持ちが入って良い仕事が出来る、という話です。
また、同様な視点ですが、自己のビジョンを含む目的意識を強く持つこと、仲間と共感することの重要さを説いているのが、野中郁次郎氏ほかの提唱するMBB(Management by Belief:思いのマネジメント)です[3]。それぞれの社員が仕事に取り組む意味について、深い状況認識を持ち、使命感とも呼べる強いモチベーションを内的に持つことで結果が大きく変わってくるといった理論です。
近年は、マネジメント知識が大衆化され、見える化と称した数値の管理が常識化していますが、統計の嘘の様に作られた数字に翻弄されることもあります。そういった結果(数値)のみの管理は弊害も増やしてしまいます。何よりも人の心を動かすことこそが本質的な成果を左右するのだ、という原点に立ち返るべきなのかと思います。
また、個人の視点ということでは、人間的な成長の度合いに着目するものもあります。心や脳がいかに発達するかを扱う発達科学・発達心理学の一つのテーマに、「成人発達理論」というものがあり、人は成人後も知性が段階的に発達していくことを唱えています。組織やチームの中で個々人が、社会に対する物の見方を変え、価値観を変え、存在目的を変えていくことによって、自ずと問題を乗り越える能力が加わり、組織活動での価値が変わる、活動が質的に変わるといったことを説明しています。部下との人間関係に悩むマネージャーの成長を話題にした本も知られています(なぜ部下とうまくいかないのか)[4]。
例えば、昔から「器」とか「人間力」と言われるものがありますが、そういった人格的なことを能力として考えてみると理解しやすいかも知れません。リーダーの在り方として、「部下を道具の様に考えてしまう人(結果が出せないなら、その部下は存在価値がないと考える人)」から「(他者依存ではありますが)推進する組織や環境、人の方向性を追従する人」のタイプに変わることは、ある種の成長パターンです。また、「強い思いを持って自主的、自律的に活動できる人」から「相手の考えや行為を理解しつつ、良い結果を出せるように自分さえも変化させることが出来る人」に変わっていくことも一つの成長パターンです。リーダーである自分から心を開き、具体的に動き、異なる境遇や考え方の人の心や環境を巻き込み、組織を変容させることが出来るようになることが、これからのリーダーである、という考え方です。
視点を個々人から組織・チームの在り方に移してみます。チームビルディングの効果や必要性に着目した場合、合宿形式での交流やコーチング、アクションラーニング(チームで、現実の問題への対応を経験することで学習能力を向上させる)を通じて、メンバーの間に「信頼感を育むこと」や「共感できることを増やすこと」が仲間意識の強化に有効とされています。結果を急ぐなら、まず変化が生まれる環境(チーム)の整備を急ぐ、という発想です。
他に昨今、取り沙汰されているものを取り上げるとすれば、DDO(Deliberately Developmental Organization:発達指向型組織)というものもあります。これは、ハーバード大のロバート・キーガン教授ほかが提唱している組織の在り方です(An Everyone Culture)[5]。これも、人の生涯を通じた心身の成長を扱う発達心理学をベースとしたもので、組織に属する個々人に対して、成長を促していき、個々人に潜在能力を発揮させ、変化に強い組織に変えることを解決策としています。
例えば、組織において、人は常に自分の居場所を確保しようとして「正しさを主張することや、正しいことの証(あかし)を揃えること」に能力と時間を使っています。人は「自分の弱さを隠すための活動に熱心だ」ともいえます。より具体的に言うと、組織の中の大多数は「上司に、叱られたらどうしよう」とか「仲間に間違っている、と否定されたくない」という不安感があり、それを回避するための証拠集めや言い訳作りに、毎日多くのエネルギーを使っている、ということです。
これらの無駄な活動に使うエネルギーを本来の仕事の目的に向けるために、組織の中で「よく守られた弱さ」を経験させていくことが対策となります。つまり、「失敗しても大丈夫」という安心感を与えていくことで、本来の目的に立ち向かえる/全力投球できるような組織環境にしていく、ということになります。こういった地盤を作り、現実に起きることから学ぶのが成長する組織(DDO)の特徴です。
以上の様に、個人レベルでもチームとしての取り組みでも、発達・成長という質的な変容を求める対策が多いことが分かります。しかし、これは容易な対策ではないことも明らかです。そもそも、人の心は安定を求めるものですし、誰にでも「不安」や「恐怖心」があり、それ故に変化を引き出すことは簡単ではありません。乗り越えるには、個人レベルでは自己の観念・信念を見直す必要がありますし、チームレベルでは、信頼感で強く結ばれた関係性によって、失言や失敗も許容していく必要があります。それらの守られた環境の中で、本音・本心をオープンにし、現実に起きることを受け入れて成長を促していく、ということが要求されている時代だと思えます。
何れにしても、エンジニアの人としての言動やチームの活動・協力こそが、ものづくりを支える地盤です。組織の中の人間関係は、製品における重要なパーツとまでは言えないにせよ、潤滑油や接着剤に例えられるものです。混迷の時代、効果の見え難い「人のマネジメント」や「関係性のケア」への投資は、これからの時代のものづくりで必要不可欠と再認識し、それぞれの現場において地盤固めに取り組んでいく必要がある、と考えています。
それぞれの組織毎に、様々な特徴があり、それぞれの課題や悩みがあるのが現実でもあります。それらに取組み、お互いのビジョンやゴールの達成に向けて、切磋琢磨していくことが出来るなら、それに勝ることはない、と思っています。
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